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​あなたにとっての地獄とは?

​茶会参加者編

火の車 作る大工はなけれども 己が作りて己が乗りゆく
地獄なんて、自分の罪悪感が作り上げたうしろめたさなのだろう。 仏陀は、この世も夢、あの世もまた夢と言っている。この世の生きにくさを、いかにしてうまく生き抜くか、仏陀は説いてくれている。この世を正しく生きること。凡人には、それがまた地獄。/地獄茶会2016参加 男性

恐らく、人種・宗教を問わず存在するこの概念は、一体何なのだろうか。悪人が堕ちていくところなのか。では、我々は悪人ではないのか。そもそも、“悪”とは何なのか。他人にとっての“悪”が、自分にとっては“善”であることもあるのではないか。そうしたら、私は、私にとっての地獄には堕ちないが、彼らにとっての地獄には堕ちる運命なのだろうか。地獄とは、少なくとも、こういった考えが次々と湧いてくる、興味深い概念であることは疑いの余地がないだろう。 地獄茶会では、客は、地獄を経験する(もちろん、精神的・肉体的に苦しめられるわけではない。)。そして、一服の茶が供される。なんと面白いことに、茶を喫い切ったころには、他の茶会では味わうことができない、なんとも奇妙な感覚を味わうことができるのである。“生”の象徴である飲食、それを具体化した一服の茶と、“死”を象徴する地獄が交錯するこの茶会は、客を今まで考えもしなかった新たな概念の地平へと導く、門のような存在であるといえるかもしれない。/地獄茶会2015参加 男性

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